元気になりたい≒学校へ行きたい
こんにちは。AYAKAです。
もう9月も終わりですね。本当に気候も秋らしい感じです。


今日のタイトルは、元気になりたい≒学校へ行きたいです。

中学・高校の頃、母によく聞かれました。
「元気になりたくないの?」

その当時、「学校は自分にとってつらい場所だ」と認めることは、自分のプライドが許しませんでした。

今は原因不明で体調が悪いから、学校へ行けない。
自分が学校に合わせられない人だからではない。
しかし、元気になったら、また学校へ行かなくてはいけない。

私はいつも答えに詰まっていました。

母に後で大人になってから聞いてみると、母の中では、「元気になることと学校へ行くことはイコールではない」らしかったのです。
とりあえず元気になって、それから居場所ややりたいことを見つけ、いきいきと生きていってほしい。
そんな風に考えてくれていたのだと思います。

私たちと同じような葛藤を抱えている方は今もたくさんいらっしゃると思います。

フリースクール、地域若者サポートステーション、就労支援作業所、通信制の学校…他、私はいろいろな人にお世話になる機会に恵まれました。

学校へは行かない、でも元気に生きていきたい、生きていってほしい。

そんな願いを口にできる世の中になることを、この小さなブログの中から、祈ります。
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# by ayaka-zunda | 2015-09-30 20:22 | 2015年投稿
見方シリーズ続き
こんばんは。AYAKAです。
ブログ、今日も見て下さってありがとうございます!


前回の投稿の続きです。
前回は、インディゴ・チルドレンの事を書きました。

ところで、インディゴ・チルドレンは「精神科で病気や障害の診断を受けるべきでない・精神科の薬を飲むべきでない論争」というものが存在します。
「障害という言葉は差別ではないのか」。
「薬は副作用もあり、人格や霊性を破壊する」。
ゆえに、「現代の西洋医学は信頼に値しない」。

私は、精神科で治療を受けています。
精神科に行くことは、私に霊性・神秘を大切にする見方を教えてくれた人たちへの、ものすごい裏切り行為ではないのか。
はっきり言うと、私は結構悩んだ時期がありました。


私の考えを書きたいと思います。
あくまで私のことです。

結論から言えば、「インディゴ・チルドレンも生きづらかったら精神科へ行くべき」です。

私が読んだ本では、インディゴ・チルドレンはADHDなどの誤った精神疾患と診断されることがある、と書いてある所がありました。
書いた人は、善意で書かれたのだと思うのですが、私には、とても不適切な表現に思えました。
誤った精神疾患…?
似たような困りごとを抱えているから診断されるのに、インディゴ・チルドレンの人と、「精神疾患」の人がいると?
…精神障害者を差別しているのは、他でもない、この人たちではありませんか。

西洋医学の薬は、副作用が出る場合が確かにあります。
しかし、助かる命や生きやすくなる人がいるのも事実です。
私は、人と話をしているときに、虫が飛んできただけで、相手の話が分からなくなってしまうことがあったくらい、気が散りやすかったのです。
ストラテラを飲むことで、緩和されました。
気分の波を抑える薬も飲んでいます。(薬を飲まなかった時の話)
薬は今、私たち当事者の声と、医師や研究者の努力で、規制がその都度見直されたり、新薬が開発されたりしています。

また、精神科では、具体的な、日常で実践できる工夫を教えてもらえます。
作業所などに通えば、仲間からもいろいろな工夫を教えてもらえます。

診断を受けたことは、私にとっては、プラスの事が多かったです。

私は、前回、心はインディゴ・チルドレンでありたいと言いました。
今回生まれてきたのには、なんらかの良い意味があって生まれてきたと信じたいという意味でした。

この地球という生きづらい星に生まれてきた私たちは、誰もが広義の意味でインディゴ・チルドレンであり、チャレンジャーの魂であると、私は信じています。

みんな、生きづらさを緩和する方法があったら、試してみてほしい。
私の見方のバランスのとり方を中心とした話でした072.gif
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# by ayaka-zunda | 2015-09-20 20:16 | 2015年投稿
いろいろな角度から自分をみて(その1)
こんばんは。AYAKAです。

時折カオスにもなるこのブログを今も見て下さっている方、本当にありがとうございます。
今日も猫の写真はありません…m(__)m
でも、頑張って書きますので、お付き合い下さい。


一つ前の投稿は読んで頂けましたか。
 →突然ですが、UFOの話をします!

今日は私のことを、前の記事の3つの見方から見てみます。


私は、学生の時は不登校で、今は障害者の作業所に通っています。メンバーです。
精神科の医療機関にかかり、薬を飲んだり、アドバイスを受けたりしています。
私はそうすると、「科学・論理を大切にする見方」では、私は今、障害者ということになります。


しかし、全く別の見方が存在することも私は知っています。
(障害という言葉は差別なのか?という問題は今は置いておきます。)

インディゴ・チルドレンという言葉をご存じでしょうか。
ここからの話は、「霊性・神秘を大切にする見方」の領域の話になります。

人間には魂があって、生まれ変わりをする。
地球だけでなく、他の星にも、生命が存在する。
生命の存在する他の星の中には、地球より高度な文明と精神をもったひとたちが住んでいる星がある。
1980年代ごろから、そういった星のひとたちの魂が、地球人となって生まれ変わってくるだろう。
地球を「選んで」来るだろう。
地球が、もっと霊性の高い星になるために。
そういったひとたちは、しばしば「生きづらさ」をともなうか、ともなったかたちで生まれてくるだろう。
彼ら・彼女らは、しばしばインディゴブルーのオーラをまとって生まれてくるため、「インディゴ・チルドレン」と呼ばれる。

チャネリングメッセージから、人々の間に広まったもののようです。
私の言葉で書いたので、違う所もあるかもしれません。
詳しくは、検索するか、詳しい人に聞くか、本を読んで下さい。(参考図書

私は、前世や過去世の記憶はありません。
また、オーラや前世をみてもらって、そう言われたわけではありません。

話を聞いたのは、フリースクールでです。
だから、「こんな話があるよ」と情報を得ただけです。

しかし、そのとき、どれだけ救われたことか。
その話を聞く前日、「人生詰んじゃったな」と、もう自殺しかないと、思っていたのです。

私は自分が本当にインディゴ・チルドレンかどうかはともかく、心だけでも、インディゴ・チルドレンでありたいと、そう思ったのでした。

長くなったので、今日はここで終わりにします072.gif
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# by ayaka-zunda | 2015-09-16 21:11 | 2015年投稿
突然ですが、UFOの話をしたいと思います!
突然のこのタイトル。
今、あなたは一体何を想像しましたか?


a. UFOはエンターテイメント。想像力を掻き立てられるよね。SFやオカルトは面白いよね。

b. UFOは光の使者の乗り物だよね。神秘的だよね。霊性の高い意識体が乗ってるんだよね。

c. UFO?このブログ、精神科に通っている人が書いているんだよね?まさか、妄想の症状でてる…?



こんばんは。AYAKAです。
突然の質問、びっくりされている方もいらっしゃるかもしれません。
abc、どれか自分の考えに近いものはあったでしょうか。
興味ないなあ、だった方はそれもいいです。
みなさんが興味を持って下さった前提で、話を進めたいと思います。

ちなみに、質問に、答えはありません。
話したかったことの「まえおき」です。
ごめんなさい。


「見方」を聞きたくて質問しました。
aの見方は、エンターテイメントと想像力を大切にする見方。
bの見方は、霊性と神秘を大切にする見方。
cの見方は、科学と論理を大切にする見方。

どれも人間にしかないものです。
だから私は、abcのどの見方も大切だと思っています(abcの他もあると思います)。

相手の見方を理解して尊重できる人でありたいです。
自分の見方も、把握できる人でありたいです。

世の中にはいろいろな人がいます。
ひとりひとり、分かれていて、脳ミソは共有できません。
ひとりひとり、大切にしているものが違って、相違点に気付く度に衝突していては、争いだらけ、苦しみだらけになってしまいます。
自分もみんなも理解しあって生きていけたらいいな、と思います。

次の記事は、私の体験から、「見方」について、もっと深く書いてみたいです。
今日も、読んで下さってありがとうございました072.gif
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# by ayaka-zunda | 2015-09-15 21:00 | 2015年投稿
今日の日に思ったこと
こんばんは。AYAKAです。

雨、すごかったです。

みなさんが無事でありますように。




…話、変わります。

今日は、「世界自殺予防デー」 なのだそうです。
日本では、9月10日から16日が、自殺予防週間なのだそうです。


自殺について、自分の体験から書きます。


人は多分、自殺したい、とは最初からは考えません。

たとえば、周りとうまくいかなくて…その理由がなんとなく自分にあるような気がして、イヤになったり。

知り合い全てから自分に関する記憶を消し去って、自分も消えたい、と思うようになったり。

また、とても腹が立って、悲しくて、でも言葉にできなかったり。

いろいろだけれど、いきなり「死ぬ」ことを考えるわけではないと思うのです。


私は長い長い時間をかけて、「言葉」は自分の気持ちを表せるものだと気付いたし、「言葉」を使えば人々の中にアクセスできるものだと知りました。

それから、どんな自分であっても、どこかに受け入れてくれる人や団体はそのときそのときで見つかりました。


このブログ、見てる人は少ないと思うし、言いたいことはまとまりませんが、書かせて下さい。

ありきたりな言葉かもしれませんが、つらい思いをしている人は、「表現すること」をあきらめないで下さい。

「つらい」って、周りの人や、相談機関に言ってみて下さい。

私はそうやって、生きてきました。
今日も重たい話でごめんなさい。
今日もみんながHappyでありますように072.gif
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# by ayaka-zunda | 2015-09-10 20:33 | 2015年投稿